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ガジェッター・ミニマリスト・足つぼ師・温泉ソムリエ。時々、非二元

【非二元】「さとり」という言葉に拒否感がもう出なくなった。『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』

   

「いまここ」にさとりを選択する生きかた Kindle版
やまがみてるお (Amazon)

エックハルト・トールの著書『パワー・オブ・ナウ』の日本語訳版は『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』。

2002年の出版。当時は(と言うか最近まで)「さとり」という言葉を使うことに拒否感が出ていた

時は流れて15年後。

「さとり」・・・慣れてしまった。普遍化したのか。そこまで特別なものでなくなったのか。

じゅんころさんの動画を見ていた流れで、やまがみてるおさんの動画に行き着いた。

じゅんころさんもそうだけど、関西弁で「非二元」や「さとり」について語られるのは僕にとって小気味いい

じゅんころさんとの違いは、さとりの構造についてしっかり分析されている部分。

僕の右脳(だよね?)が分かりやすいと喜ぶ。

先のエックハルトの本では文章がつらつらと並んでいて、もちろん内容は素晴らしいのだけれども、構造が分かりにくかった。

それがやまがみさんの本は、イラストで捕捉されていたりして分かりやすい

個人的に僕の視覚的感覚が得意なのか、「ああ、こういうことね!」と理解しやすい。

基本的にはどの覚者も一緒だが、あえて個性をつけて別けるとしたら以下の通り。

エックハルト・トール やまがみてるお
さとり体験の訪れ ある晩、突然「本当の私」と「思考の私」の分離が起き、偽物の「思考の私」がいなくなる。 エックハルトの本を読んでいるうちに、無意識の思考に気づくことができるように。
その後 至福。公園のベンチで過ごしたりする。 「本当の私」と「無意識の思考」がせめぎ合う。感情の解放などのエゴの消滅のプロセスを踏む

僕が理解する限りでは、エックハルトの場合は、一晩で「個人」がなくなり、その後に戻ってきていない模様。

やまがみてるおさんの場合は、思考の観察、感情の解放、などのプロセスがある。

エックハルトのようなことも起こり得るけれども、やまがみさんのプロセスの方が「個」が進められるうるプロセスだと言えよう。

(エゴは「方法」が好き・・・)

あと、あまり関係ないけど、やまがみさんの本に書かれているイラストが昭和チックで個人的にはとても好き。

これ、やまがみさん本人が描いているのかな。本人のブログを見ると絵があって「Teruo Yamagami」のサインが描かれている。

じゅんころさん、大和田菜穂さん、やまがみてるおさん、どんどん「さとり」が身近になっている気がする。

 - non-duality