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【非二元】サガプリヤ新書『あなたの内の男と女』が出てる

   

あなたの内の男と女 -愛と自由を手に入れる魔法-
サガプリヤ・デロング (Amazon)

先ほど、ウォーキングをしながらルパート・スパイラのトークを聞いていました。

誘導瞑想というわけでもないのですが、誘導瞑想的に思考、体の感覚、それらに同一化していることを気づかせてくれる素敵なトーク。

歩きながらだと、より一層体験が深くに入るのは僕だけでしょうか。

聴きながら、ふふふふふふ(いまだになぜか笑いがでる)と体や思考との同一化から離れ、眺めるただの存在に。

その状態になると気がつくのが、体の節々での痛みや固まり

これを表現しているものがあったよなとマインドを巡らせてみると、


このサガプリヤが著書『マスターズ・タッチ』の中で挿絵として書かれていた夢の世界に生きている身体のエネルギー図。

この黒い部分は収縮のシンボル

何かを得よう、何かを引き込もう、何かを守って闘おうとする部分で緊張しています。

「もっと手に入れるためにもっと活動をする」というパターンに中毒になっている箇所です。

この部分を観ることが起きると努力しているのが落ちるわけですが、欲望だけが残るという痛みが現れます。

魂の闇夜

・・・これだ。

今日はルパートのトークを聞いて、その魂の闇の部分、エゴの固まりの部分がありありと感じられました。

いや、最近、非二元ティーチャーに囲まれている(YouTubeでね)ので、今日以外にも何もしないでいると体の痛み、固まった感じ、感情にすれば、虚無感、無価値感、虚しさを感じるのですが、内側を眺めれば眺めたで、この嫌な感覚があるというのは果たして良いことなのだろうか?と昨日あたりから問いかけていたことでした。

そこで、久しぶりにサガプリヤの『マスターズ・タッチ』を読み返して、この闇夜に直面するのは内側を見始めれば、それがあるのは普通のことなのだと少し安心しました(→どういう安心?)。

ただ、この闇夜がどれだけ暗いものかは、人により、どれだけ今まで人生に「ノー」、抵抗の質があったかによるとのこと。

現瞬間を受け入れ、同一化のあり方が変わってくると、最近知った非二元のティーチャーがよく言う、

「私はいない」

が出てくるらしい。10年以上前に買ったこのサガプリヤの本にも「私はいない」が書かれていました笑。

今日は何の目的もなく歩いていたのですが、マインドがたまに「じゃあ、スタバに行く?」とか「繁華街に出たらいいかもよ?」「それとも公園で自然を眺めようか?」と聞いてきます。

そのどれもが、今日は何かしっくりこない感じがして、ただ、歩いていくことを許していきました。

次第に、体の緊張が溶けてくると、道の右に行くか、左へ行くか、それとも留まるかが僕の意思ではなく、体が誘導しているように感じました。

これがよく言う、流れに任せると言う事なのだろうか。

まだ身体の中に闇夜はあり、iPhoneXをどのようにしてゲットしようかとマインドは企てています。笑。

新書のことを書こうと思ったのですが、旧書の『マスターズ・タッチ』の方の引用ばかりしていました。

新書は読んでいません。Kindle(電子書籍)になってから考えますが、今はまだ要らない。

マスターズタッチ―サイキックマッサージ (OEJ Books) (Amazon)

この本、PDF化して持っています。捨てないで良かった。

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