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ガジェッター・ミニマリスト・足つぼ師・温泉ソムリエ。時々、非二元

[目指せミニマリスト] 断捨離とスピリチュアリティ

   

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新・片づけ術「断捨離」やましたひでこ著 (Amazon)

やましたひでこさんの『新・片づけ術「断捨離」』を読み返していたのですが、最初の方で「断捨離」と普通の「整理・整頓術」の違いのチャートが出てきます。

断捨離 整理・収納術
主役 自分 モノ

・・・ああ、そうか!主役は自分!!

断捨離前はその主役が「モノ」。置き換えてみると、マインド・思考・エゴが主体になってしまっているのですね。

瞑想ではマインドを脇に放っておきます。突然それは不要になります。突然それは失業します。するとそれは、その全力をもって、この新しい事態に抵抗しようとします。想像してみてください。あなたはかつて、ある会社の社員でしたが、ある日のこと、社長はあなたに会社をまかせて姿をくらましました。それから幾世紀もののちに、社長が再び姿を見せて、あなたの職権を奪おうとします。(『マスターズ・タッチ」マ・サガプリヤ著)

断捨離に瞑想性があるのは、これなんですね。「モノ」つまりマインドの支配からの奪還なんです。マインドをちょっと脇に置いておく、放っておく、物理の次元でいうと「捨てる」ということもできます。

断捨離が「モノ」から「本来の自分」への垂直性のあるシフトだとしたら、整理・収納は「モノ」が横に移動するだけ。

昨日のウチ母の片付けの手伝いで、捨てるか捨てないかの判断をウチ母がするときに「これは知り合いのためにとっておきたいから」と言っていました。これは軸が「本来の自分」ではなく将来使う時が来るかもしれない、また知り合いにプレゼントしてあげることで喜ばれた過去の体験からで、「マインド」に支配されている状態なのですね。

断捨離のルーツが仏法であり、奥深いというのもものすごく納得がいきます。

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