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目指せミニマリスト。日々の「お!」を記事に。

[ミニマリスト] 90%ほどの処分が終わったあとの感想

   

4月に入ってからの「捨て」行がようやく落ち着きつつあり、持っていて不要だったものをかなり減らしました。こんまり流で言えば、「ときめくもの」を残しているはずなのですが、不要だったものを減らしていった上で残ったものは「ときめくもの」というよりも「なんとなく必要なもの」でした。

特に「服」は半端なく捨てましたので

IMG_4632 IMG_4633シャツ、アウター、パーカなど – 4点
ボトムス – 6点
Tシャツ – 約7点
下着 – 約7点
靴下 – 約5点
冬用小物 – 4点

と、そこらへんのミニマリスト以上に持っていないことになってます。これちょっとローテーションが厳しいので、もうちょっと増やすとは思うのですが、夏になればTシャツ、短パンだけで基本は過ごすので、買わなくてもいいかも。

自分はそもそもファッション選びに時間をかけるのが苦手なので、いわゆる「私服の制服化」というのもいいかなと思います。

ただ、モノが減っていって自分の審美眼が鋭くなったのか、持っているモノも何となくの「コレジャナイ」感もシビアに感じるようにはなっています。そう、先に述べたように「ときめく」というより「なんとなく残っているモノ」もあり、その辺の入れ替えも近日中にすると思います。

一気にやってしまう方が良いのかもしれないのですが、この部屋からこれ、あの部屋からあれ、と散在しているのも事実で、まだまだ発掘作業も残っています。ただ、もう何が出てきても捨てる以外の選択がないかなと思っていますので、あとは処分方法に頭を悩ませる程度かと思います。

横浜市はゴミの分別が厳しいですし、粗大ゴミもいくら払えばいいのか一々電話で聞くか自分で調べないといけません。この辺りが自分の「捨て」行の大変なところですが、恐ろしいくらいにモノに対する執着が薄れています。

断捨離、こんまり、ミニマリスト・・・まあ、それらのいろいろな情報をゲットして自分なりに作業を進めているのですが、モノがないのはどういう気分かというと、月並みですが「気持ちいい」です。まあ、最初からそこまで個人所有のモノがすでに少なかったというのもあるのですが、処分しまくってみて空間ができると、今までそれらが知らないところで圧迫していた部分があるなと思いました。

使わなくなった重たいターンテーブルがあった棚を空で想像してみると、まだその棚にはターンテーブルがあるのですが、「あ、そうだ、もうなくなったんだ」とフッと想像している絵からターンテーブルが消えると、なんだか心が軽くなる感じがします。それまで知らず知らずに呪縛されていたんですね。自分にとってもうすでに不要だったものに外の世界の「棚」、内の世界の「心」を占拠していたのですね。

さて明日の朝は粗大ゴミの日です。粗大ゴミで出すものに意識的になろうと廊下にわざと置いてあります。明日そのうちの一つがなくなります。早めに寝よう〜。

 - minimalist